Muito bom ポルトガル

ポルトガル-----日本ではちょっとマイナーな遠い国。でもどこかホッとする国。ポルトガル語の勉強メモや「へぇ〜」な記録を書き連ねるブログです。

ポルトガル語にもなった「Karoshi(過労死)」

 電通の女性新入社員に関する報道が日本で続いていることを受け、ポルトガルのメディアで本件が報じられているか色々検索してみましたが、一つもありませんでした。

 しかしながら、今年8月4日にポルトガルの週間紙エスプレッソの電子版が「過重労働で2015年に日本で少なくとも死者189人」との見出しを付けて、日本の過労死の現状を解説する短い記事を配信していました。

 日本人にとっては残念ながら「過労死」は既になじみの言葉ですが、ポルトガルでは当然そうではなく、新しい言葉として「Karoshi」とそのまま表記され、必ずその意味が説明されています。

 本記事では「過労死は過重労働による心臓発作や自殺を要因とし、日本全国で見られる問題。長時間の残業や無報酬の残業は日本で支配的な労働文化の一部を成している。こうした習慣から、日本人の労働者は権利を有しながらもフェリアス(長期休暇)を享受することはない」などと記されています。

 この記事には、日本のサラリーマン男性2人が駅のベンチで寝ている写真が大きく掲載されています。ポルトガルでは滅多に見ることがない光景です。2015年発表のOECDによる統計で、年間平均労働時間が1868時間と38か国中10位(注)にランクインし、欧州の中でも最も労働時間が長いと国の一つと言われるポルトガルの人からみても、やはり印象的(不可解)な光景なのかもしれません。

 記事で使用されていた写真は以下の通りです。

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(注:OECDの統計で日本の年間平均労働時間は1729時間で21位と平均以下のようですが、これは実態からかい離しています。パートタイム勤務の女性労働者を多く含んでいると同時に、かなりのサービス残業時間を反映していないためでしょう。日本人男性のフルタイム勤務労働者の労働時間ではメキシコなどを抜いて恐らく1位ではないでしょうか)

 そもそも「Karoshi」なんて言葉が世界に広まるのは悲しいことですし、日本の恥です。言わずもがなですが、長時間働くことを美徳、普通にするのではなく、決められた時間の中で、どれだけの成果を出せるかを基本的な評価軸にすべきでしょう。そのために日常の休息や学習の時間を確保することは、このポルトガルを含めても当然のことと欧州では考えられています。そもそも、その時間の中でできないものはできないのです。そうしたら明日やればいいのです。ポルトガル人のスタッフは仕事が残っていても定時になるとピタっと帰っていきます。全体的に労働するためだけに人生があるのではなく、人生の一部にあくまで労働がある印象です。日本では信じられないことですが、ポルトガル人の家族が営む近所の小さいアイスクリーム屋が真夏の8月に1ヶ月間のフェリアスを取っていました。そういう感覚がごく一般的なのです。

 日本はサービス全般に対する期待値をもっと下げる必要があるのではないでしょうか。過剰なサービスが当たり前になっていますが、それを支える労働者が過労死につながるのでしたら、本末転倒です。例えばポルトガルではしょっちゅう電車は遅延しますし、そもそもメトロには時刻表はなく、「あと何分で到着」という掲示板があるだけです。なので、メトロの駅に行ってみて初めて次の電車の到着が分かりますが、それでそんなに困ることはありません。

効率や成長を求めすぎても、必ずしも幸せにはつながりません。

日本は労働や幸せに対する価値観を根本的に見直す段階にあると感じます。

 それでは。

 

過働社会ニッポン―長時間労働大国の実態に迫る (日経ビジネス人文庫)

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過労死・過労自殺の救済Q&A―労災認定と企業賠償への取組み

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